真正細菌(しんせいさいきん、ラテン語:Bacteria/バクテリア、単数形:Bacterium)あるいは単に細菌(さいきん)とは、分類学上のドメインの一つ、あるいはそこに含まれる生物のことである。sn-グリセロール-3-リン酸の脂肪酸エステルより構成される細胞膜を持つ原核生物と定義される。古細菌ドメイン、真核生物ドメインとともに、全生物界を三分する。
真核生物と比較した場合、構造は非常に単純である。しかしながら、はるかに多様な代謝系や栄養要求性を示し、生息環境も生物圏と考えられる全ての環境に広がっている。その生物量は膨大である。腸内細菌や発酵細菌、あるいは病原細菌として人との関わりも深い。語源はギリシャ語の「小さな杖(βακτ?ριον)」に由来している。
目次
1概要
2呼称
3歴史
4生育環境
5形状
6細胞の構造
o 6.1膜外構造
o 6.2膜内構造
7成長と増殖
8物質循環と代謝の多様性
o 8.1窒素循環
o 8.2硫黄循環
9分類
o 9.1栄養的分類
o 9.2命名と分類単位
o 9.3真正細菌ドメインの主な分類
10脚注
11関連項目
概要
真正細菌とはいわゆる細菌・バクテリアのことで、大腸菌、枯草菌、シアノバクテリアなどを含む生物群である。形状は球菌か桿菌、ラセン菌が一般的で、通常1から10 μmほどの微小な生物である。核を持たないという点で古細菌と類似するが、古細菌-真核生物にいたる系統とは異なる系統に属しており、両者はおおよそ35から41億年前に分岐したと考えられている。遺伝やタンパク質合成系の一部に異なる機構を採用し、ペプチドグリカンより成る細胞壁、エステル型脂質より構成される細胞膜の存在で古細菌とは区別される。1977年までは古細菌も細菌に含まれると考えられていたが、現在では両者は別の生物とすることが多い。
真正細菌は地球上のあらゆる環境に存在しており、その代謝系は非常に多様である。個体数は5×1030個と推定されており、その生物量も膨大である。光合成や窒素固定、有機物の分解過程など物質循環において非常に重要な位置を占めている。
食品関係においてはチーズ、納豆、ヨーグルトといった発酵過程において微生物学発展以前から用いられてきた。また、腸内細菌群は食物の消化過程には欠かすことのできない一要素である。一部のものは病原細菌として、ヒトや動物の感染症の原因になる。対立遺伝子を持たず、遺伝子型がそのまま表現型をとり、世代時間が短く変異体が得られやすい。あるいは形質転換系の確立などもあいまって近年の分子生物学を中心とした生物学は真正細菌を中心に発展してきた。大腸菌などは分子生物学の有用なツールとして現在でも頻繁に使用されている。
これまでストレプトマイシンやクロラムフェニコール、テトラサイクリンなどなど様々な抗生物質が発見されてきた。またその製造や免疫系の新薬開発の上でも非常に重要である。
呼称
真正細菌という呼称は古細菌の概念を提唱したカール・ウーズが、原核生物におけるArchaebacteria(古細菌/古代の細菌)との違いを際立たせるために提唱した用語Eubacteria(真正細菌/真の細菌)の翻訳である。しかし、3ドメイン説が採用される際には、真正細菌に対してDomain Bacteria、古細菌に対してはDomain Archaeaが用いられた。以降「バクテリア」は、旧来の古細菌と真正細菌を含む「細菌」の訳語であると同時に、古細菌を含まない「真正細菌」のみのグループを指す言葉にもなるという、混乱しやすい状況になっている。
また旧来の細菌の中で、古細菌は例外的な(非典型的な)特徴を持つ細菌と考えられ、それに対して真正細菌は典型的な細菌だと考えられていた。このような理由から、真正細菌を単に「細菌」と呼び、古細菌を細菌に含めないことも多い。この用例は真菌のみを菌類と呼ぶのに似ている。しばしば「真性細菌」と誤表記されることがあるが、「真正細菌」という表記が正しい。
なお、Bacteriumはギリシャ語のβακτ?ριον(小さな杖)に由来するラテン語であり、その複数形がBacteriaである。しかし、しばしば単数形としてBacteriaが誤って使用される。発音はラテン語でバクテーリウム、英語ではバクティリアムに近い。
歴史
自作の顕微鏡を用いて初めて微生物を観察したアントニ・ファン・レーウェンフック
発酵に関しての研究は古代から進められてきたが、細菌の発見自体は17世紀である。1676年にアントニ・ファン・レーウェンフックによって発見され原生動物と合わせて“animalcules”(微小動物)と呼ばれた。1828年、クリスチャン・ゴットフリート・エーレンベルクは、顕微鏡で観察した微生物が細い棒状であったため、ギリシア語で小さな杖を意味するβακτ?ριον?から“Bacterium”と呼んだ。
1859年にはルイ・パスツールが、アルコール発酵は細菌(実際は菌類が主)によって引き起こされることを示し、さらに発酵が自然発生的な物ではないことを証明した。また、ロベルト・コッホによって細菌培養法の基礎が確立され、炭疽菌、結核菌、コレラ菌が病原性の細菌によって引き起こされることが証明された。
20世紀に入ると培養法が確立されたことも相まって細菌の研究が進んでいく。それまでは、多くの病気が細菌によって引き起こされることが分かっても、対症療法しか存在しなかったが、1910年、パウル・エールリヒと秦佐八郎によって初の抗菌剤サルバルサンが開発され、1929年にはアレクサンダー・フレミングによって抗生物質ペニシリンが発見された。
細菌の知識が深まるにつれ、分類学上での細菌の位置づけはしばしば変更されている。発見時は2界説に従い植物界に振り分けられ、1866年にはエルンスト・ヘッケルによって単細胞生物をまとめた原生生物界に組み入れられた(3界説)。1930年頃になると原核生物と真核生物の違いが認識され、2帝説原核生物帝(1937年)、次いで4界説(のち5界説)モネラ界(1956年)が提唱された。現在に至る一般の細菌のイメージは5界説における原核生物に対応している(藍藻は除くこともある)。しかし、1977年、カール・ウーズらによって原生生物界の単系統性に疑問が投げかけられ、メタン菌(のち高度好塩菌と一部の好熱菌も)を除く原核生物としてKingdom Eubacteria(真正細菌界)が、のち1990年には16S rRNA配列によって古細菌(メタン菌、高度好塩菌、一部の好熱菌)を除く原核生物としてDomain Bacteria(真正細菌ドメイン)が定義された。
と書かれておりました